エズラ記2章
2:1 バビロンの王ネブカドネツァルがバビロンに引いて行った捕囚の民で、その捕囚の身から解かれてエルサレムとユダに上り、それぞれ自分の町に帰ったこの州の人々は次のとおりである。
ここに記されている人々は、ネブカドネツァルがバビロンに引いていった捕囚の民です。ですから、アッシリアに引いていかれたイスラエルの人々は、含まれません。彼らに関しては、帰還の記録がありません。
2:2 彼らは、ゼルバベル、ヨシュア、ネヘミヤ、セラヤ、レエラヤ、モルデカイ、ビルシャン、ミスパル、ビグワイ、レフム、バアナと一緒に帰って来た。
■イスラエルの民→☆以下、数字を比喩として説明しています。
イスラエルの民の人数は次のとおりである。
2:3 パルオシュ族、二千百七十二人。
数値は、千の単位、百の単位、一の単位と十の単位という構成になっています。
二千百七十二は、原語の順では、二、一、二、七になります。二は、証し、一は、独り子の御子、二は、証し、七は満たす意味での完全で、あらゆる方面において完全である広がりを表しています。独り子の御子の証しが、あらゆることにおいて現されることを表しています。
民の現すべきは、イエス・キリストです。
2:4 シェファテヤ族、三百七十二人。
同様に、三、二、七。
二の証しについて、三は、神の完全さをもって証しすることで、完全さの程度を表し、何一つ欠けがないことです。それは、完全さの高さを表しています。証しは、欠けのない完全さ満たす意味での完全さとの両面をもって証しされます。
2:5 アラフ族、七百七十五人。
七、五、七。
五は、御心を行うこと。その程度について、満たす意味での完全です。七が繰り返されていることで強調され、それがあらゆることにおいて完全であることを表しています。
2:6 ヨシュアとヨアブの二族からなるパハテ・モアブ族、二千八百十二人。
二、八、二、十。
証し、八は、永遠。証し、十は、到達点、完全さ。永遠の完全な証し。
現された栄光としての証しは、永遠であり、その証しは、現すべき全てを現された完全さです。
2:7 エラム族、一千二百五十四人。
一、二、四、五。
独り子の御子の栄光、証し、あまねく、御心を行う。
御心をあまねく行い、独り子の御子の栄光を現された。
2:8 ザト族、九百四十五人。
九、五、四。
九は、仮庵の祭りの雄牛のささげ物から、七に二を加えた数で、しもべとしての証し、五は、御心を行うこと、四は、あまねく。しもべとしてあまねく御心を行うこと。
2:9 ザカイ族、七百六十人。
七、六。
人として、肉を持つ中で、あらゆることにおいて完全であること。
2:10 バニ族、六百四十二人。
六、二、四。
人として肉の性質を持ちながら肉にはよらず、あらゆる方面に栄光を現された。証しは、御ことばに従うことによって現された栄光を表しています。
2:11 ベバイ族、六百二十三人。
六、三、二。
人としての肉の性質を持ちながら、全く欠けがない完全さをもって栄光を現された。
2:12 アズガデ族、一千二百二十二人。
一、二、二、二、
独り子の御子の栄光の証し、証し、証し。独り子の御子の栄光を現すこと。同じ数の繰り返しは、三回。完全さを表す。
2:13 アドニカム族、六百六十六人。
六、六、六。
人、人、人。全き人となられた方。同じ数の繰り返しは、三回。完全さを表す。
2:14 ビグワイ族、二千五十六人。
二、六、五。
人となって、神の御心を行い、証しを立てられた。イエス様以外にはない。人となることは、肉を持つことであり、そのようなものを持っていながら、証しを立てられたことすなわち、御心を行い栄光を現されたことは偉大。これは、十二節からの一連の記述と関係しています。
2:15 アディン族、四百五十四人。
四、四、五。
あまねく、あまねく、御心を行われた。
2:16 ヒゼキヤ族、すなわちアテル族、九十八人。
八、九。
永遠に、しもべとしての証しすなわち、御心を行うことで栄光を現された。
2:17 ベツァイ族、三百二十三人。
三、三、二。
完全、完全、証し。証の完全さすなわち、御心を完全に行うことで栄光を現された。前節との続き。
2:18 ヨラ族、百十二人。
一、二、十。
御子としての証しすなわち御心を行うことでの栄光の現れが完全。十は、到達点を表し、完全を表す。
2:19 ハシュム族、二百二十三人。
二、三、二。
証しすなわち御心を行うことで栄光を現すことの完全さ。二が二回で強調されている。
2:20 ギバル族、九十五人。
五、九。
御心を行い、しもべとして証しを立てられた。
2:21 ベツレヘム人、百二十三人。
一、三、二。
独り子の御子の完全な証しすなわち、御心を行うことで現された栄光。
2:22 ネトファの人々、五十六人。
六、五。
人となられてすなわち肉の性質を持たれて肉にはよらないで、御心を行われた。
2:23 アナトテの人々、百二十八人。
一、八、二。
独り子の御子の栄光は、永遠までも現される。
2:24 アズマウェテ人、四十二人。
二、四。
あらゆる方面において、証しされたすなわち、御心を行うことで栄光を現された。
2:25 キルヤテ・アリム人とケフィラ人とベエロテ人、七百四十三人。
七、三、四。
あらゆる方面に完全であること。その広がり、高さにおいて完全。
2:26 ラマ人とゲバ人、六百二十一人。
六、一、二。
人となられて、独り子の御子の栄光が証しとしてすなわち御心を行うこで現された。
2:27 ミクマスの人々、百二十二人。
一、二、二。
独り子の御子の栄光の現れ。二が、二回で強調。
2:28 ベテルとアイの人々、二百二十三人。
二、三、二。
証し、すなわち御心を行うことでの栄光の現れ。その程度は、欠けのない完全さ。栄光の現れ。
2:29 ネボ人、五十二人。
二、五。
御心を行われることで栄光を現す。
2:30 マグビシュ族、百五十六人。
一、六、五。
人となられて肉を持ちながら肉にはよらないで御心を行うことで、独り子の御子の栄光を現された。
2:31 別のエラム族、一千二百五十四人。
一、二、四、五。
あらゆる方面に御心を行うことで、独り子の御子の栄光を現された。
2:32 ハリム族、三百二十人。
三、二。
証しすなわち御心を行うことにおいて、欠けがない完全さを現されたこと。
2:33 ロデ人とハディデ人とオノ人、七百二十五人。
七、五、二。
御心を、満たす意味での完全さをもって行うことでの栄光の現れ。
2:34 エリコ人、三百四十五人。
三、五、四。
御心をあらゆる方面に完全行われた。
2:35 セナア人、三千六百三十人。
三、六、三。
人となられてすなわち肉の性質を持ちながら肉にはよらず、完全であった。二回で強調している。
■祭司
2:36 祭司は、ヨシュアの家系のエダヤ族、九百七十三人。
九、三、七。
しもべとしての証し、欠けのない完全さをもって、また満たす意味での完全さをもって証しされた。
2:37 イメル族、一千五十二人。
一、二、五。
御心を行うことで、独り子の御子の栄光を現された。
2:38 パシュフル族、一千二百四十七人。
一、二、七、四。
独り子の御子の栄光は、満たす意味での完全さをもってまた、あまねく現された。
2:39 ハリム族、一千十七人。
一、七、十。
独り子の御子の栄光は、満たす意味での完全さをもって、また、到達する意味での完全さをもって現された。
祭司に関しては、しもべとして従われたことと、独り子の御子の栄光を覚えることが特に取り上げられている。
■レビ人
2:40 レビ人は、ホダウヤ族のヨシュアとカデミエルの二族、七十四人。
四、七。
あらゆる方面に、満たす意味での完全さをもって栄光を現された。それは、奉仕者としてのレビ人の模範。
■歌い手
2:41 歌い手は、アサフ族、百二十八人。
一、八、二。
独り子の御子の栄光は、永遠の栄光。証しすなわち御心をおこなうことで栄光が現されている。歌い手は、それを歌う。
■門衛
2:42 門衛の人々は、シャルム族、アテル族、タルモン族、アクブ族、ハティタ族、ショバイ族、合計百三十九人。
一、九、三。
独り子の御子の栄光、しもべとしての証し、完全さ。しもべとして従われて証しを立て、完全に従われることで、独り子の御子の栄光を現した。
門衛という地味な働きに対して、しもべとしての証しを全うするならば、栄光を受けることが示されている。
■宮のしもべ
2:43 宮のしもべたちは、ツィハ族、ハスファ族、タバオテ族、
2:44 ケロス族、シアハ族、パドン族、
2:45 レバナ族、ハガバ族、アクブ族、
2:46 ハガブ族、シャルマイ族、ハナン族、
2:47 ギデル族、ガハル族、レアヤ族、
2:48 レツィン族、ネコダ族、ガザム族、
2:49 ウザ族、パセアハ族、ベサイ族、
2:50 アスナ族、メウニム族、ネフシム族、
2:51 バクブク族、ハクファ族、ハルフル族、
2:52 バツルテ族、メヒダ族、ハルシャ族、
2:53 バルコス族、シセラ族、テマフ族、
2:54 ネツィアハ族、ハティファ族。
2:55 ソロモンのしもべたちの子孫は、ソタイ族、ソフェレテ族、ペルダ族、
2:56 ヤアラ族、ダルコン族、ギデル族、
2:57 シェファテヤ族、ハティル族、ポケレテ・ハ・ツェバイム族、アミ族。
2:58 宮のしもべたちと、ソロモンのしもべたちの子孫は、合計三百九十二人。
三、二、九。
しもべとして従う証しすなわち御心を行うことでの証しは、完全であった。特に、宮のしもべに対して、この模範が必要。
■家系と血筋不明な人
2:59 次の人々はテル・メラフ、テル・ハルシャ、ケルブ、アダン、イメルから引き揚げて来たが、自分たちの先祖の家系と血統がイスラエル人であったかどうかを証明できなかった。
2:60 デラヤ族、トビヤ族、ネコダ族、六百五十二人。
六、二、五。
人として、御心を行うことで証しを立てる。
この人々は、家計と血筋がイスラエルであるかどうかを証明できませんでした。これは、イスラエルの家系にない者がイスラエルとされることの比喩です。彼らがイスラエルであることは、神の御心を行う証しによって証明される。
■系図書きのない祭司
2:61 祭司の子孫の中では、ホバヤ族、ハ・コツ族、バルジライ族。このバルジライは、ギルアデ人バルジライの娘の一人を妻にしたので、その名で呼ばれていた。
2:62 これらの人々は自分たちの系図書きを捜してみたが、見つからなかったので、彼らは祭司職を果たす資格がない者とされた。
2:63 そのため総督は彼らに、ウリムとトンミムを使える祭司が起こるまでは、最も聖なるものを食べてはならないと命じた。
祭司には、系図書きが必要でした。系図書きがなければ、祭司の勤めを果たす資格がないとされました。しかし、ウリムとトンミムを使える祭司が現れたならば、彼らは、最も聖なるものを食べることができます。
ウリムとトンミムを使える祭司は、大祭司です。そして、このときそのような人はいなかったということです。この大祭司は、イエス様の比喩で、系図書きのない祭司は、異邦人の祭司の比喩です。イエス様が立てられることで、そのような人々も祭司の食べる聖なるものを食べることができます。祭司の系図にあることは、まことの食べ物であるイエス様を食べ、イエス様と一つになり、御心を行い、イエス様を知り、永遠の報いを受けることです。
■全会衆の合計
2:64 全会衆の合計は四万二千三百六十人であった。
全会衆の合計は、比喩として解くならば、万(十千)の単位で四、千の単位で二、、百の単位で三、そして六です。十、四、二、三、六。
十は、到達点、四は、あまねく、二は、証し、三は神の完全さ、六は、人を表しています。
人としての歩みすなわち肉を持ちならが肉にはよらず全き歩をなし、神の完全さを現し、あらゆる方面において御心を行って証しを立てること。
これは、人として歩まれる主イエス様の栄光を表していますが、信者の模範を示していて、教会を立て上げるためには、主と同じように歩むことが求められています。
■男女の奴隷
2:65 このほかに、彼らの男女の奴隷が七千三百三十七人いた。また、彼らには男女の歌い手が二百人いた。
・男女の奴隷
七、三、七、三。
満たす意味での完全さ、欠けのない完全さ、完全さ、完全さ。
しもべに求められていることは、完全さです。
・男女の歌い手
二。
証しすなわち御心を行うことでの聖別による証し。
歌をもって主の栄光を表現するのです。主の栄光を現すためにしもべはあります。その人自身を通して主の栄光が現されるためです。
2:66 彼らの馬は七百三十六頭。らばは二百四十五頭。
・馬
七、六、三。
戦いは、人であることすなわち肉を持つことで経験するのです。イエス様は、肉によらず、御霊によって歩まれ、肉を取られても完全でした。信者も同様に、戦いにおいて、満たす意味での完全さ、また、欠けのない完全さを持つのです。
・らば
二、五、四。
証し、あまねく、御心を行う。
あらゆる方面において御心を行い、証しを立てる。
2:67 らくだは四百三十五頭。ろばは六千七百二十頭であった。
・らくだ
四、五、三。
あまねく、御心を行い、完全。
・ろば
六、七、二。
人、完全、証し。
肉を持つ中に、満たす意味での完全さをもって、御心を行い証しする。
■一族のかしらの中のある者たち
2:68 一族のかしらの中のある者たちは、エルサレムにある主の宮に着いたとき、神の宮を元の場所に建てるために、自分から進んでささげ物をした。
一族の中のある者たちは、進んで捧げ物を捧げました。
それは、神の宮を元の所に建てるためです。元の場所は、ダビデが神によって示された場所です。彼らは、神の示したとおりに従おうとしたのです。
今日、教会を建て上げることに於いても、神の示しているとおりに建てなければなりません。また、それは、自ら進んでなされる働きです。
2:69 彼らは自分たちの財力に応じて、工事資金として金六万一千ダリク、銀五千ミナ、祭司の長服百着を献げた。
彼らの捧げたものは、金、銀、服です。これらは、比喩になっています。
・金
金は、行いによる義。
六、一。
肉を取られた中に、独り子の御子の栄光を現された。肉を持ちながら、肉には一切よらず、その歩みによって義とされた。
・銀
贖い。贖われた者としての歩みすなわち新しく生まれて御霊による歩の比喩。
五。
御心を行うこと。
・服
外に現す行い。長服は、自分を覆う服を意味し、肉を現さないことを表しています。
百、一。
独り子の御子の栄光。外に現すべきは、独り子の御子の栄光。聖別されて表す。
2:70 こうして、祭司、レビ人、民のある者たち、歌い手、門衛、宮のしもべたち、すなわち、全イスラエルは自分の元の町々に住んだ。
全イスラエルは、すなわち、すべての神の選民は、自分の元の町々に住みました。そこは、神様が譲りの地として与えたものです。それぞれが置かれたところにあって、神の民として御心を行うのです。